こんにちは、リクルートATL(アドバンスドテクノロジーラボ)でイノベーション科学の研究を行っている大録です。今回は、これから伸びていく経済産業分野について予測・考察をしてみました。 

現政権が掲げる「新しい資本主義」において成長戦略は中心的な政策課題と位置付けられています67日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」(骨太方針2022)では、人、科学技術・イノベーション、スタートアップ、グリーントランスフォーメーション(GX、デジタルトランスフォーメーション(DXを重点投資分野とし、量子、AI、バイオ・医療、GXDXが今後の成長分野として具体的に挙げられました。また、直近の産業構造審議会では、ウクライナ情勢の緊迫化による国際秩序の再編を踏まえて、Web 3.0などの足下の新たな動きに政府の産業政策としてどう対応していくべきかが議論されました。

次にどの産業分野が成長するか、予測するということは可能なのでしょうか?産業の成長には需要側の要因と供給側の要因があります。需要側の要因は、例えば高齢化社会に伴う介護や医療のニーズの増大などが挙げられるでしょう。供給側の要因は、新規な技術革新による新製品の開発や生産コストの低下などが考えられます。本稿では供給側の要因に着目し、技術革新を測る指標として特許を用いて、成長分野の予測を試みてみたいと思います。 

まずは新規な技術革新をもたらす新しい知識の生産と伝播について、学問的な基礎研究に端を発して、応用研究、開発を経て発明やイノベーションが実現されるというストーリーを考えてみます。私たちは、東京大学との共同研究で分析しているデータベースを使って、学問分野と産業分野の関係の深さを以下の図の様に可視化しています。色の濃淡は、ある産業分野に属する企業が保有する特許がある学問分野の論文を引用する頻度を示しています(米国特許庁管轄の、2004年から2010年に出版された特許について分析)。 

学問分野と産業分野の関係

ある産業分野と関係の深い学問分野の進展を、その分野で起きる技術革新の先行指標と考えてみます。最近の学問の進展について、科学技術政策研究所(NISTEP)が公開しているデータによれば、全世界・米国・日本の論文数の推移は以下の表の様になっています。(分数カウント法(貢献度で重み付けしたカウント法、例えば日本のA大学と米国のB大学の共同研究論文であればそれぞれ1/2件とする)で集計) 

これらの結果から、いくつかの傾向が見て取れます。全世界的には、いずれの分野でも論文出版は増加傾向にあり、総じて日本・米国の伸び率を上回っています(すなわち、日本・米国のシェアは相対的に低下している)。これは、中国などの新興国による科学研究がますます盛んになっていることの影響で。日本では、環境・地球科学、臨床医学の分野で論文数伸びており、逆に化学・物理学・基礎生命科学といった分野では減っていることが分かります。米国では、材料、環境・地球科学をはじめとして幅広い分野で論文数は堅調に伸びています。日本の科学研究の伸び悩みはしばしば指摘されますが、こうしてデータを見ると論文数の伸び悩みと国際的なシェアの低下は明らかで。特に物理学の落ち込みは大きく、かつて日本の得意分野と言われていただけに心配で

ではここで、先に述べた分析結果と最近の論文数の推移を重ね合わせて、今後伸びていく成長分野を予想してみましょう。論文が特許に引用されるには数年のタイムラグがあるものが多いことから、直近の科学研究の影響は今後の産業界に影響を及ぼしていくと考えます。計算機・数学の学問分野と関係が深いのは、情報通信・金融保険といった産業分野である。環境・地球科学と関係が深いのは、水道・建設業。臨床医学と関係が深いのは宿泊・飲食、保健といった産業分野である。学問分野と産業分野の関係が国・時間を通じて変わっていないと仮定して全ての学問分野の影響を合算すると、米国の製造業と情報通信では大きな成長が期待される一方で、日本の製造業は成長が鈍化し、情報通信業でも微増に留まるという予測結果になりました。 

しかし、この予測は実際には不十分になっている可能性があります。その理由は、先にも述べた通り、経済社会において実現することは需要と供給という二つの要因を考えなくてはいけないからで。学問分野の発展が技術革新に結びつくというストーリーは、市場とは無関係な学術的な研究活動からの供給側への影響のみを仮定していることになります。しかし現実には、需要が成長している分野に企業が研究開発リソースを投下することによって実現される技術革新もあるでしょう。これらはイノベーション研究の文脈において、それぞれ「テクノロジー・プッシュ」「ディマンド・プルと呼ばれます。 

また、イノベーションに成功したということは、少なくとも事後的には需要があったことを意味していますが、それならば事前にその需要を感知することが出来れば、いち早く研究開発投資を集中することが企業の利潤に繋がるので、マーケティングやリサーチも重要となるでしょう。 

このように、経済成長とイノベーションを取り巻く環境は複雑であり、イノベーションは天才的な科学者の発見・発明という非経済的要因にのみ依存するものではなく、企業の利潤追求行動という経済システムに内在する要因によってもたらされる経済的な現象でもありますよって学問分野の知見が産業界に伝播して自然にイノベーションが起きるという描像はいささか単純化されすぎており、それを基に成長分野の予測を行うという今回の試みは、非常に実験的なものであると理解いただければ幸いです。 

 

参考文献 

  • 文部科学省 科学技術・学術政策研究所、科学研究のベンチマーキング2021、調査資料-312、2021年8月を基に、大録が加工・作成。 
  • 経済財政運営と改革の基本方針2022 : https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/decision0607.html 
  • 産業構造審議会総会 : https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sokai/030.html 
  • イノベーションと日本経済:後藤晃著 岩波新書 2000. 
  • 人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長 : 吉川洋著 中公新書 2016.